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【島原新聞9月3日掲載】『「絶望から希望へ挑戦の軌跡」島原で村井親子の記念講演会』

『「絶望から希望へ挑戦の軌跡」島原で村井親子の記念講演会』 (島原新聞令和8年9月3日掲載)
世界ダウン症水泳選手権で日本人初の銅メダルを獲得した村井海人氏と母でパーツモデル・美容研究家の金子エミ氏(本名=村井絵美、俳優の金子貴俊氏の実姉)を招いた記念講演会(主催=社会福祉法人山陰会普賢学園)がこのほど、島原文化会館大ホールで開催された。約400人の聴講者を前に、絶望から希望を見出し、世界の頂点へと駆け上がった親子の活動と挑戦の物語が披露された。
講演でエミ氏は、27歳での海人氏出産後に直面した深い葛藤と絶望を回顧した。しかし、「ダウン症、普通よ」という当時のマネージャーの一言や、小・中学生時代に自身が通った名門朝日生命体操クラブの恩師、塚原千恵子氏(故人・長崎市出身の元オリンピアン)から叩き込まれた「できないことができるようになる」という教えを胸に、二人三脚で数々の壁を乗り越えてきた奇跡を熱く語った。
11歳から水泳を始めた海人氏は、コロナ禍の過酷な自宅練習などを耐え抜き、2024年にトルコで開かれた「第11回世界ダウン症アーティスティック選手権大会」50メートル背泳ぎで日本人男子初の銅メダルを獲得し、大会アジア新記録を更新するなど、世界の大舞台で存在感を示した。
エミ氏は、22年のポルトガル大会でのIDカード紛失をきっかけとした深刻なスランプを、あえて「手放す」という賭けに出て新しいコーチのもとで克服し、見事に世界大会でメダルを獲得したエピソードを紹介。「この快挙が多くのダウン症の子どもたちに水泳を始めるきっかけを与えたことが、何よりの喜びだった」と振り返った。
講演の結びにエミ氏は、海人氏出産後の自分自身へ「そんなに悲観することはないよ、この子がたくさんの感動を届けてくれる」と語りかけ、「海人に、お母さんにしてもらった」と涙ながらに感謝を口にした。さらに「海人がハッピーに生きていく姿を見せることが、同じ境遇にいる親たちのロールモデルとしての責任である」と話し、自らの経験を発信し続ける決意を新たにした。
この日は、18年間の競技人生に幕を下ろす海人氏の引退会見と卒業セレモニーも併せて行われた。海人氏は「温かい皆さんに見守られながら大切な節目を迎えることができ、忘れられない一日になった。これからも、たくさん笑って、たくさん挑戦していきたい」と感謝と今後の抱負を寄せた。表現者としても活動する海人氏は今後、東京バレエ団や歌舞伎俳優出身の舞踊家・梅川壱ノ介氏に師事をするなど、新たな道を歩む。
当日は、梅川氏と海人氏による日本舞踊が初披露されたほか、地域で活動する複数の社会福祉法人による演奏や、独創的な作品が並ぶ「アール・ブリュット展」も同時開催され、参加者からは「ダメなことなど無いと勇気をもらった」などと称賛の声が寄せられた。